2026年2月12日

can と be able to ――「できる」の正体
英語の「できる」は can。
そう習います。
実際、ほとんどはそれで足ります。
I can swim.
She can drive.
ここで困る人はいません。
でも、生徒が本当に混乱するのは、
「文法が難しいから」ではありません。
混乱するのは――
“できる”という日本語が曖昧だからです。
「できる」には、実は2種類ある
日本語の「できる」は、実は2つの意味を持っています。
① 能力としてできる
② 実際にやり遂げた
この違いを、日本語はあまり区別しません。
でも英語は、少しだけ区別します。
能力の can
I could swim when I was five.
これは「その頃は泳げる力があった」という話。
ここでは could で自然です。
能力の話だからです。
でも「昨日できた」は?
Yesterday I could finish my homework.
これ、なんとなく変な感じがします。
なぜでしょうか?
could は「能力があった」というニュアンスが強いからです。
「実際にやった」というより、
「やろうと思えばできた」感じが残ります。
昨日ほんとうに終わらせたなら、
Yesterday I was able to finish my homework.
こちらが自然です。
ここで大事なのはルールではない
多くの参考書はこう書きます。
「過去の単発成功は was able to」
もちろんそれでいいでしょう。
ですが、本質はそこではありません。
本質は
can は“状態”
be able to は“到達”
という感覚の違いです。
例外があるのはなぜ?
I could see Mt. Fuji from the train.
なぜこれはOKなのでしょうか?
「見る」は“達成する”というより
「状態にあった」に近いからです。
だからぶつからないからです。
英語は意外と、理屈が通っています。
未来はどうなる?
❌ will can
助動詞は重ねられません。
だから
I will be able to drive next year.
になります。
ここでも be able to は、
「可能な状態になる」という意味になります。
つまり
英語は冷たい言語ではありません。
むしろかなり正直です。
✔ 能力としての可能性 → can
✔ 実際に到達したこと → was able to
この違いをなんとなく感じ取れると、
文法は暗記ではなくなります。
最後に
文法はルールの集まりに見えます。
でも実は、
言葉の感覚をどう整理するか
それだけの話です。
生徒が混乱するのは、
理解力が足りないからではありません。
日本語の「できる」が広すぎるからです。
そこに気づけたら、
英語は一段クリアになります。