『ハリー・ポッターと賢者の石』──主役じゃなくても誰かを支えられることを教えてくれた本

『ハリー・ポッターと賢者の石』──主役じゃなくても誰かを支えられることを教えてくれた本

『ハリー・ポッターと賢者の石』──ぼくには、魔法はなかったけど

11歳のとき、手紙は来なかった。

ホグワーツからの手紙は、ぼくのところには来なかった。
もちろん、それは分かってた。
でも、どこかで――ほんのちょっとだけ、「もしかしたら」って思ってた。

現実には、ふくろうも来ないし、駅の9と4分の3番線もない。
それでも、『ハリー・ポッターと賢者の石』は、なぜか忘れられない。

なぜかって?
たぶん、「主人公じゃない自分」にも、何かを残してくれた気がするから。

教室の隅で

中学のとき、教室の隅にいつもひとりのやつがいた。
誰も話しかけない。いじめられてるわけじゃないけど、ひとり。

ぼくは、チラチラ見ながら、何もしなかった。

「話しかけた方がいいのかな」って思った。
でも、何を話せばいいか分からなかった。
自分だって浮いてたし、誰かに変に思われるのが怖かった。

結局、席に座ってパンを食べた。
その子は、ずっと窓の外を見てた。

放課後、その子がひとりで帰るのを見た。

次の日も、そのまた次の日も、何もできなかった。
「声をかけなかったこと」じゃなくて、
「声をかけたかったのに、かけなかったこと」がずっと残った。

『ハリー・ポッター』を読んだあと、不意にあの子のことを思い出した。
理由は分からないけど、ロンのことを読んでいたときだった。

あの場面

巨大なチェスの盤の上で、ロンが言う。

「僕が行く。僕がやられる。」

誰もが動けなくなったそのとき、
ロンは自分が「駒」になることを選ぶ。

兄たちみたいに有名でもない。
ハリーみたいに特別でもない。

でも、その瞬間だけは――
ロンが誰よりも強かった。

白い駒が動く音。
ロンが倒れる。
ハリーが叫ぶ。

あれは「主人公を助けた場面」なんかじゃなかった。
ロンが、自分の物語を選んだ瞬間だった。

ぼくには、魔法はない。

名前を呼ばれることもないし、誰かを救ったこともない。
何かすごいことをした覚えもない。

でも――
「声をかけたかった」って気持ちだけは、たしかにあった。

結局、何もできなかったけど。
それでも、何かが違った気がする。

それが何なのか、今でもはっきりとは言えないけど。
ただ、あの日のことは今も残ってる。

ハリーには、選ばれる理由があった。
でも、ぼくにはない。

それでも、この物語を読んで少しだけ思えた。

「ロンみたいになれたらいいな」って。

主役じゃなくてもいい。
誰の目にも映らなくてもいい。

でも、誰かのそばにいられるような人間になれたら、
それは、けっこうすごいことなんじゃないかって。

いや――
そう思いたいだけかもしれないけど。

だから、いまもこの本を手に取る。

手紙は来なかった。
魔法も使えない。

でも、この物語を読むと、少しだけ自分を嫌いじゃなくなる。

それだけで十分だと、思えた日があった。
それだけで、今も、この本は手放せない。

今も、この本はぼくのそばにある。
それだけで、十分だと思う。