「現代文は数学だ!」を実践 森鴎外『舞姫』で読み解く論理的読解の極意

「現代文は数学だ!」を実践 森鴎外『舞姫』で読み解く論理的読解の極意

森鴎外『舞姫』

石炭をば早や積み果てつ。いささか風の吹きて、波騒ぎ、空陰りたる心地す。船の一隅に倚りて、旅の空なる心細さは、なほ残るものゝ、彼の海の上に漂へる心地のうきたるは、ものにたとへんすべきにあらず。かの細道の奥をさして、月影の清き夜も、秋草の香のうるはしき里も、世に捨てられたる身の、往くべき道は悲しみ多きのみと知りて、帰るべき里もあらぬ心細さにひきくらぶべくもあらぬぞや。

されど人の世に倦み果てゝ、憂き心にひかされながら、しばしその身を高きところに置きて、眼界をひろくせんとて、旅路にのぼりけるこそ、いと悲しかりけれ。月の下に鶴の声のきこえ、峰の上に人の住家の煙たつも、心にしみぬべし。こゝに見るものゝさまざま、ことごとく人の世の思ひにひきくらべて、夢のごとくにのみ感じたるは、あゝすべての世はことごとく虚無なりといふ、かの先哲のさとりをさへ疑はしむるものと見ゆ。

余がかゝる不平家の愚人とならざりしは、いかなる故ぞや。余がはじめてかの地に赴きし時、その地の風俗習慣に目をそばめ、心をいらだたせし折のこと、すべて世の事物に対して疑問を懐きし余は、かの国の人々が古風を墨守するのを笑ひ、新たに世を開かんとする者をば愛せしが、しかのみならず、その眼界をひろくして、さらに遠き国の事物をも観じ、世の古今の法則を講究することを思ひ立ちたりしなり。

思ふに、身は日々の行ひの間に置きて、その道を学び、また其の道を喜びて一生を終らんとするにあらずして、かの巌の上より大なる眼界を見下ろすことを得べき身にあらずば、世に生を享けたる甲斐なからんとぞ思ひし。かく思ふ余があらぬだに、いとも敏感にして、人の見るところのものゝ感に動かされ、かつまた自己の中心に深くもぐり入る性にして、外の物を見てもそのまゝに取りいれずして、ことごとく一度自己の心に宿して、己が力にて新たに之を産み出すやうにせざるべからず。さればこそ、つひに物の解釈を誤らざるためには、この地に生を享けて、かの光明に浴する余が幸ひを慶び、深く胸にきざみて一生忘れざらんとぞ思ふ。

されど、人生の栄光のことごとくは、人の眼界の高きに拠ることを、しばしも疑はずといへども、深く他の人の身に近く入りて、世を説くといふが如きことは、また容易ならざることぞかし。余が一言を発してその趣を解せしむるごとく、また一笑をもつて己が胸のさまをも解かしむるやうならんは、しばしも得難きことなり。

 

「現代文は数学だ!」を実践 論理的読解の極意

生徒
この文章、難しすぎて何を言ってるのか全然わかりません…。どこから読めばいいんですか?

先生
そうだね、鴎外の文章は確かに少し難解だ。でも、視点を絞って読むと理解が深まるよ。まずこの文章では、筆者の心情と外の世界がどう関係しているかを考えてみるといい。3つの視点、「自然との関わり」「筆者の視野の広がり」「人生観」を意識して読んでみよう。

生徒
「自然との関わり」ってどういうことですか?

先生
例えば冒頭に「いささか風の吹きて、波騒ぎ、空陰りたる」とあるね。これって単なる風景描写だと思う?

生徒
うーん、風が吹いて波が立つのは何か不安定な感じ?空が曇るのは暗い気分とか、心が沈む感じを表しているのかな。

先生
その通りだよ!ここでは自然の様子が筆者の「旅の空なる心細さ」と呼応しているんだ。この心細さは、自分の孤独感や不安定な心情を自然の動きで表現しているわけだね。鴎外の特徴の一つだよ。

生徒
それでは、次の「筆者の視野の広がり」ってどうつながるんですか?

先生
筆者は自然を見ながら自分の小ささや人生の虚無感を感じているんだけど、ただそれに沈んでいるだけじゃない。文章の後半で「高きところに置きて、眼界をひろくせん」とあるように、自分をあえて高い場所に置いて、広い視野で物事を捉えようとしているんだ。

生徒
なるほど。視野を広げることで、何か変わるんですか?

先生
そうだね。筆者はただ「虚無感」に飲まれるのではなく、そこから人生に意味を見出そうとしているよ。「世の古今の法則を講究する」や「外の物を自己の心に宿して新たに生み出す」という表現から、物事を深く考え抜いて前向きに生きる姿勢が読み取れるね。

生徒
最後の「人生観」については、どこを見ればいいですか?

先生
「人生の栄光のことごとくは、人の眼界の高きに拠る」とある箇所がポイントだね。筆者は、自分の視野を広げ、深い考察を持つことが人生の価値だと信じている。けれど、「他の人の身に近く入りて、世を説くこと」の難しさにも気づいている。これは、他者との関わりをどこまで深められるかという葛藤ともいえるね。

生徒
わかってきました!自然と心情のつながり、視野を広げる意義、人生の意味を探る姿勢…。一つの文章でそこまで考えられるなんて、すごいですね。