【どれが本当の自分?】マルクス・ガブリエルの新実在論が「自分は一つじゃなくていい」と教えてくれる理由

【どれが本当の自分?】マルクス・ガブリエルの新実在論が「自分は一つじゃなくていい」と教えてくれる理由

「本当の自分」は、一つじゃなくていい。

マルクス・ガブリエルの新実在論から考える

こんな感覚を、覚えていますか。

学校では空気を読んで、うまく立ち回っている。 でも家に帰ると、どっと疲れる。 SNSの趣味垢では、リアルでは言えないことを平気で書いている。 友達の前ではしっかりしているのに、親の前では別人みたいに甘える。

そしてふと、こう思う。

どれが本当の自分なんだろう。 誰といても、少し演じている気がする。 SNSの自分の方が本音に近い気がして——それが、なんだか怖い。

「キャラを使い分けている」という感覚は、慣れてしまえば器用さに見えます。でも内側では、じわじわと後ろめたさが積もっていく。どの自分も「本物」に思えなくなる、その苦しさは、意外と言葉にされないままです。

ガブリエルはこう言います。「自分は一つではない」と。

現代ドイツを代表する哲学者、マルクス・ガブリエル。 彼が提唱する新実在論の核心は、シンプルです。人は複数の「場所」に存在しており、それぞれの場所で現れる姿が、そこでの本物の存在だということ。

つまり、学校での自分も、SNSでの自分も、家族といる自分も——それぞれの場所で現れる姿が、すべて本物のあなたの一部です。どれかが「本物」で、どれかが「仮面」なのではありません。

スマートフォンにたとえるなら、アプリを切り替えても、端末そのものは変わらない。場面によって引き出される「顔」が違うだけで、その奥にあるあなた自身は、ずっとそこにいます。

「一つの正解」を探そうとすると、なぜ苦しくなるのか。

「本当の自分」というたった一つの答えを探し始めると、そこからはみ出した自分がすべて「嘘」に見えてしまいます。

でも考えてみてください。 相手によって話し方が変わるのは、その関係に誠実だからです。 場所によってふるまいが変わるのは、その場を読む力があるからです。 それは「裏表がある」のではなく、相手との関係が、あなたのさまざまな側面を自然に引き出しているだけのことです。

ただし、一つだけ付け加えておきたいことがあります。無理を重ねてまで「いい自分」を演じ続けているなら、その疲れは多面性の話とは別です。それは、誰かに話してほしい種類の苦しさです。

それでも、うまくいかない日がある。

もちろん、すべての日がそう割り切れるわけではありません。

うまく切り替えられない日もある。 どの自分もしっくりこなくて、どこにいても居場所がない気がする日も。

でも、その揺れごと、あなたです。

「本当の自分」を探す旅に出なくていい。答えを一つに絞ろうとしなくていい。 今ここにいる自分が、本物だ——まずそこから始めれば、それで十分です。